「かたち」を測る: 形態測定学フォーラムの紹介と勧誘 三中 信宏 (Minaka Nobuhiro) 農業環境技術研究所 計測情報科 はじめに  最近目にしたTREEに「形態測定学の革命」というタイトルの総説記事が載った(Rohlf and Marcus 1993)。確かに、近年の形態測定学(morphometrics)のありさまを見るとそのタイ トルが実にふさわしく思われる。生物の形態の持つ情報を定量化して解析するための方法 論と技術は、データ収集に始まって統計解析や系統解析にいたるまで、各段階で急速な発 展を現在遂げつつある。  昨年われわれはこの形態測定学を議論するための会を作ったので、この場を借りてその 背景説明と紹介および勧誘をさせていただきたい。以下の文章は、昆虫分類学若手懇談会 ニュース, Number 62 (June 17, 1992)およびBiological Morphometrics, Volume1, Number 1 (November 9, 1992)に掲載された趣意書を一部手直ししたものである。 形態測定学の現状  生物のもつ形態的特徴を比較するという問題を、比較形態学は解決しようとしてきた。 その比較を行なう哲学的動機は研究者によってさまざまだろう。日本の比較形態学者に多 く見られる熱狂的なゲーテ崇拝(たとえば諏訪1981;三木 1980,1989, 1992a,b)もその一 つだろう。還元主義・分析主義的な進化論に対抗する進化史を構築する手段として比較形 態学を実践する(遠藤 1992)というのもまた一つの動機である。これとは正反対に「進 化史はうさん臭いもの」(坂井 1991)という自らの首を絞めかねない前提を置いたとし ても、生物形態を比較することは可能である。形態と機能との関係という息の長い問題も 系統学の文脈の中で再び注目されている(Russell 1916)。今日の進化生物学が取り組んでい る、野外個体群における自然選択の検出というホットな問題(Endler 1986;Grant and Grant 1989)に目を向けても、やはり形態の定量的比較が議論されている。  一方で、系統分類学に関していえば、形態学的データは近年蓄積されてきた分子レベル のデータとの関係でその存在意義そのものが問題にされている(Felsenstein 1988)。実際、 「系統樹を作るのに形態学的データはもはや必要ない」という分子系統学者の発言を私は 何度も聞かされた。分子系統学といえども、系統樹作成の理論やアルゴリズムは従来の形 態学的データの解析に用いられてきたものと共通する要素が多い(三中 1992;三中・斎 藤 1992;斎藤・三中 1992)。問題は、分子データと形態データの相対的な系統学的情報 量である。近い将来には大半の系統分類学的情報は分子データが提供するようになるとい う予測(Miyamoto and Cracraft 1991)が当たっているとしたら、比較形態学だけを基礎に する系統分類学は必ず存亡の危機に直面することになるだろう。系統分類学に関わる比較 形態学にいま求められているのは、形態的形質がどれほどの系統学的情報を持っていて系 統推定にどの程度貢献できるのかを分子データとの比較の中で明らかにすることである。  このように「どのような目的で 形態を比較するのか?」という点 はそれだけで大きな議論の対象で ある。しかし、もう一つの「どの ような手段で形態を比較するの か?」という問題はあまり議論さ れてこなかった。特に形態的形質 の特徴や差異は、「目で見ればわ かる」という暗黙の仮定が災いし て、かえってきちんとした議論を 阻んできたと私は考える。たとえ ば「この背板の突起は丸みがある」 とか「この刺毛の位置は少し上に ずれている」などの比較形態学的 な特徴はプロが見ればわかる(= 素人が見てもわからない)という この現実は、定量的な比較形態学 が必要とされているにもかかわら ず、いまだに未開拓の分野である ことを示唆している。  特に、2次元あるいは3次元の画像情報の解析と処理の手法が近年になってソフト・ハー ドの両面で急速に進展してきたことは、これまで職人芸的なわざに委ねられてきた「かた ち」という形質情報の収集と提供をより開かれたものにするだろうと期待される(Sorensen and Footitt 1992, Fortuner 1993)。体系生物学や進化生物学にとってその恩恵はきわめて大 きい。特定分類群のタイプ標本などの画像データベースシステム構築のプロジェクトが日 本の中でもいくつか進められていると私は聞いている。  定量的な形態学の方法論と実践を議論する分野は「形態測定学」(morphometrics)という 名前で呼ばれてきた。「定量形態学」という言葉もあるが(諏訪1977, 1981)、少なくと も日本では、この言葉は医学の領域での非破壊的・非侵襲的な形態計測法("stereology": Weibel 1979,1980; 高橋・千場 1992)を意味している。また、数量表形学でも「多変量形 態測定学」(multivariate morphometrics)という言葉が用いられていたが(Blackith and Reyment 1971; Reyment et al. 1984)、これは形態学的な距離変量に基づく古典的な多変量 解析の理論(主成分分析・判別分析・クラスター分析など)にすぎない。工学の画像解析 の領域でも、「形態学」というタイトルの文献が数多く書かれている(Serra 1982, 1988; Schmitt and Vincent 1992)。もっとも画像解析の分野での「形態学」は、現時点ではディ ジタル画像処理に関連するものが多く、生物学に直接あてはめられる手法は今のところは 少ない。  1985年に結成された「形の科学会」という学会は,FORMAという学会誌を発行してい る.しかし,"stereology"と物理系の研究者が主流のこの学会には,養老(金子・養老1992) が指摘するように,生物系の研究者はあまり入っていないようである.この物理的観点か ら見た「形」の問題については,高木(1992a,b)を参照されたい.  進化生物学や系統分類学が問題とする形態学的形質の定量的・統計学的解析には、従来 用いられてきたような古典的な分析理論では歯が立たないことが最近わかってきた。生物 形態を定量的に比較するための多変量統計学とそれを実行するアルゴリズムは、数理統計 学の雑誌あるいは単行書などで近年盛んに論じられている。この形態測定学の新たな潮流 は、大きく分けて、次の4つである:  1)「テンソル統計理論」:薄板スプライン関数を用いた形態間の変換関数とそれに基 づく歪みテンソルの分析。Bookstein (1986, 1991)を参照されたい。Bookstein et al.(1985)は 当時としては形態測定学理論の発展とその幅広い適用可能性を物語る貴重な文献だったが、 内容的にはすでに時代遅れである。  2)「プロクラステス理論」:Goodall(1991)を見られたい。  3)「形状空間論」:Kendall(1989), Mardia and Dryden (1989), Dryden and Mardia (1992)を 参照されたい。  4)「多変量解析法」:従来の多変量統計解析法に基づいて、形態測定学的な解析に適 するように改訂する。Reyment (1991)を参照されたい。  これらの理論は、生物形態上の標識点(landmark)の座標に関する統計的解析を行なうと いう点で一致している。したがって、標識点を用いて検出できない特性、たとえば輪郭曲 線の幾何学的特性やテクスチュアあるいは色彩情報など、は分析の対象ではない。あくま でも、形状の全体的な比較とその変形を定量化するための理論である。  近年の形態測定学の発展については、Rohlf(1990)の総説あるいはRohlf and Bookstein (1990)に所収されている論文が参考になる。特に後者の論文集にはIBM-PC用のソフトが` 添付されている。それらは、実際に自分のデータを用いて形態測定学的な解析をしたい研 究者にとっておおいに役立つだろう。しかし、生物形態の測定と解析のための理論は日々 進歩している。また画像解析に関するハード・ソフト両面の急速な進歩は誰もが形態測定 を行なえる環境を提供できるようになってきた(Meacham 1992)。このように旧来の計測手 法ではできなかった精密な比較形態学的解析を行なうためのtool-kitはすでに確立されつつ ある。  もちろん、手法が開発されたとしても、生物学者がそれを十分に使いこなせるかどうか は別問題である。有名なD'Arcy Thompson (1915)を引き合いに出すまでもなく、これまで の生物形態の数学理論(デカルト変換格子や多変量相対成長理論)は、多くの比較形態学 者にとっては憧憬の対象であると同時に「雲の上の理論」であり続けた(Woodger 1945; Medawar 1958)。上で言及した近年のさまざまな形態測定学の理論もまた、以下で述べる ように、それを用いようとする生物学者に高等数学の習得という重荷を背負わせているよ うである。  形態測定学という言葉は、何かしら「実学」的なニュアンスを帯びていて、単なる便宜 的な計測テクニックの学であると見下されかねない雰囲気を漂わせている。そのような偏 見には何の根拠もないことは既にわかっていただけただろうと思う。形態測定学は比較形 態学と密接に関係する独立した学問分野とみなすのが妥当である。現代の形態測定学が生 物学だけの問題ではなく、統計学・数学・工学をも巻き込んだ境界領域に位置する学問分 野であることは明らかである。ということは、形態測定学者はさまざまな学問分野に散在 する研究者と接触を保ち、彼らが開発した手法や知見を積極的に取り込む必要が生じる。 しかし残念ながらそのような情報交換を行なえる場はこれまでなかった。  1992年4月に作った「形態測定学フォーラム」は、生物形態の計測と定量的比較のため の一般的方法論に関する意見交換の場を提供し、これまでさまざまな研究分野に散在して いた形態測定学研究者間の連繋と相互討論を支援する柔らかな組織である。形態測定学の 諸理論には、 生物学的要素:比較形態学・機能形態学・相対成長論・デカルト変換格子など 数学的要素: 変換幾何学・微分幾何学・スプライン関数論・フーリエ解析・有限要素 法・多変量統計学など 工学的要素: 画像処理法・非破壊的計測法・3次元計測法・CGなど の三要素がさまざまな割合で混ざっている。したがって、形態測定学の一般論を構築した り、実際に形態計測を実践したりするときには、それらの三要素を同時に考慮しなければ ならない。  ところが、ごく少数の研究者を除いては、これまでそれらの三要素を満遍なく学ぶ機会 はほとんどなかった。実際、形態測定学の理論と実践に関する諸論文は、合計すればかな りの数になることが予想されるが、さまざまな専門分野に散在して発表されており、他分 野の研究者には容易にアクセスできなかった。本来ならば形態測定学を互いに協力しなが ら形作るはずのこれらのの三つの「頂点」が相対的に孤立している現状は、何とか改善す る必要がある。この窒息状況にあるMorphometric Triangleの風通しをよくすることが、形 態測定学フォーラムの最大の目標である。 活動内容  形態測定学フォーラムの当面の活動は、次の二つである。 Biological Morphometricsの発行  形態測定学研究者の意見交換と情報提供の場として、Biological Morphometricsというニ ュースレター形式の雑誌を発行する。具体的な掲載内容は現在検討中であるが、形態測定 学関連の解説記事・フォーラム・例会報告(要約)・書評などを予定している。年4回の 発行を予定している。年間購読料は1000円(コピー代と郵送費)とする。 形態測定学例会の開催  勉強会を兼ねた例会を毎月1回のペースで行なう。開催場所は当面は東京大学教養学部 (目黒区駒場)とする。毎回、話題提供あるいは輪読を行なっている。例会の内容や開催 場所と時間についての詳細は事務局まで。 入会手続  入会に関しては下記事務局までご連絡ください。折り返し、入会用紙と振込用紙 (Biological Morphometrics購読料)をお送りいたします: 三中 信宏 (形態測定学フォーラム世話人) 〒305 つくば市観音台 3-1-1 農業環境技術研究所 計測情報科 調査計画研究室 0298-38-8222(Phone), 0298-38-8199(Fax) E-mail: minaka@niaes.affrc.go.jp 引用文献 Blackith R.E. and Reyment R.A. 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Biological Morphometrics バックナンバーの総目次 Biological Morphometrics, Volume 1, Number 1, pp.1-10 (November 9, 1992)    比較形態学と形態測定学 :       「形態測定学フォーラム」の活動について [三中信宏]    事務局から会員の皆さんへ    例会の報告    新入会員名簿    編集後記 Biological Morphometrics, Volume 1, Number 2, pp.11-18 (February 15, 1993)    形態測定学国際会議のお知らせ[事務局]    会員自己紹介(1)    例会の報告    第2回進化生物学・春の学校のお知らせ[事務局]    新入会員・名簿追加    編集後記 Biological Morphometrics, Volume 1, Number 3, pp.19-26 (March 1, 1993)    骨の世界の一冊[遠藤秀紀]    会員自己紹介(2)    距離変量の比の分布に関するコメント[三中信宏]    編集後記 Biological Morphometrics, Volume 1, Number 4, pp.27-38 (March 31, 1993)    D'Arcy Thompsonの知的遺産       ある形態測定学的問題をめぐって[三中信宏]    会員自己紹介(3)    Richard Reyment博士講演会のお知らせ       Methods of Shape Analysis: Old Ideas in a New Perspective    会計報告    会員異動    編集後記 Biological Morphometrics, Volume 2, Number 1, pp.1-16 (May 28, 1993)    滑らかな曲線と曲面の味わい[竹澤邦夫]    会員自己紹介[緒方一夫・柳沢幸夫]    Biological MorphometricsのISSN登録について    日本分類学会シンポジウムのお知らせ[三中信宏]    Biological Morphometrics,Volume 1の総目次    形態測定学フォーラム会員名簿    例会報告・会員異動・会計報告 (1993/3/1〜5/28)    会費納入のお知らせ・電子メール開通!!    編集後記